カラコルムパキスタン
坂上光恵
昨年の夏は、カラコルム・ハ
イウエーを中国・カシガルか
らカラコルム・ハイウエーを
南下し、ムスタグ・アタに登
ったが、今年はパキスタンの
イスラマバードから北上し、
カラコルム山脈に入って行っ
た.。
現在世界最も難しいと言われ
ているK2(8611 m)の西壁登頂を,国中か
ら選ばれた世界最強といわれ
るロシア隊が5月から入って
おり、知り合いが隊長と隊員
にいるので,訪ねようというこ
とになり7月16日に出発し
た。イスラマバードのホテル
の前には銃を持った守衛がお
り、1週間前のモスク襲撃事
件が緊張感を増して感じられ
る。翌日現地山岳会との打ち
合わせの後、街全体を見にビ
ューポイントに行くと、カラ
フルな民族衣装の女子大生達
がやってきていろいろ質問を
してきた。楽しいげに話す彼
女達をみていると、新聞で報
道されている様子とちょっと
違うことに戸惑いを感じる。
大統領府が高台にそびえてい
るが、市街地と離れており、
必死で道路を造成している新
しい首都の顔があった。政治
以外ではやはり以前の首都カ
ラチが中心であるとのことだ
った。
18日は国内便で移動の予定
だったが、天候が良くないの
で2日がかりで車で行くこと
になる。この路線は天候が安
定しないので、就航率は50
%もないらしい。飛行機で行
けば1時間半なのに、その日
は11時間かかってチラスと
いう町に泊まる。インダス川
に面した落ち着いたところだ
が暑い。扇風機もうるさいば
かりでちっとも効かない。翌
日は涼しいうちにと3時起床
(2200 m)まで走る。埃っぽいという
のが第1印象だがこの辺で1
ばん大きい、中心の町であり
、人が多い。昼についたので
午後から町に出かけてみるが
、男性ばかりで女性は殆ど見
かけないので聞いてみると、
人前にはあまり出てこないと
のこと。
20日。ここからは幅の狭い
ジープで行かないと通れない
道を行くという。途中ガイド
の親戚の家に寄って今が旬の
アプリコットを沢山もらい、
かじりながら進むうちに、車
にしがみついていないと落ち
てしまうような道になり、そ
のうち断崖から川に落ちるの
ではという恐怖を感じつつ、
8時間かかってやっとアスコ
リという最終の部落に着く。
(3000 m)いよいよ今日からテント暮
らしになる。全身ほこりだら
け白っぽくなったが、なす術
もなく我慢。
だいたい女性が髪を出してい
るのが珍しいらしく,子供たち
がじろじろ見に来る。ゴミを
ひろったらキャンデーをあげ
るといって一緒に歩き、小さ
な村に行ってみる。
逆に皆に見られて帰ってくる
ことになった。
21日。ポーター(40 名)とい
よいよ出発。1人名)といよ
いよ出発。1人20 kg と個人のも
のを背負っているので重いと
思うが、さっさと歩いて速い
。4時間ほどで、今日はビア
フォ氷河との合流点の緑が多
いコラホン泊(3100 m)。川のそばに
テントを張り久しぶりにゆっ
くりする。なんと人間の他に
羊が1頭一緒に来ている。そ
のうち食べられてしまうのを
知らずに一生懸命緑を食べて
いる。ポーターはテントでは
なく、石を積んだところにビ
ニールのシートを掛けて楽し
そうに歌をうたったり,話をし
ている。よく見ると若いグル
ープと年配のグループがある
ようだ。
22日はジョラ(ゆりかごの
意)まで行く。現在は川に沿
って作られた道を難なくいけ
るが、数年前まではジョラの
高巻と言われる難所であり、
岩山を巻いて上がったそうだ
。見上げるとそのルートが判
り、難所そのものである。川
を渡るのも橋がかかり,対岸に
容易に行けるようになったが
、以前は木箱を取り付けた1
本のワイヤーつり橋だったそ
うだ。
翌日はまた川沿いをパイユー
(塩の意)まで7時間。テン
ト場がきちんとできていてテ
ントも人も多い。翌日は停滞
。やっとバルトロ氷河が見え
るところまできたので,モレー
ンの下まで行ってみる。明日
からは氷河上だと思うと、今
まで暑かったのでうれしい。
25日。世界最長(長さ62
km,幅2km)のバルトロ氷
河といっても今日は氷より岩
ばかり。すっかり仲良くなっ
たポーター達と時々一緒にな
りながら進むと、左手にトラ
ンゴ・
タワー(6239 m)が名前のように霧の
なかにすっくと立っている。
ここからは 6000 m 以上の山が次々
とあり、地図で捜すのも大変
なくらいだ。左岸の崖にへば
りつくようにあるウルドカス
の TS(4050 m)に着くのに10時間もか
かってしまった。 TS の後方はマ
ッシャブルム (7821 m) である。明日
は全容が見られるだろう。
ロシアのブロードピーク隊が
一緒になり食事に呼んでくれ
る。いろいろ重要な情報があ
り、私達が超えようとしてい
るゴンゴドラ・パスがクレバ
スが大きくなりすぎ危険のた
め
されているというのだ。
翌日は7時間で氷河の真中のTS.
。右にマッシャブルム(K1)、前に
ガッシャブルムⅣ(7925 m),Ⅴ(K4,K5)が見え
るゴロⅡ(4380 m)である。どこを見て
も見飽きることがない。
27日。今日は6時間ほどで氷
河の曲がり角、コンコルディア
TS(4650 m)である。目の前がガッシャブ
ルム左手にはブロード・ピーク
(8051 m)左奥はK2のはずが、雨のため何
も見えない。帰る時のゴンゴド
ラ・パスの情報集めに他のパー
ティーに聞くが、どこもパスは
close されていて無理だという。翌
日は快晴。全ての山がこれ以上
ないくらいはっきり、綺麗に見
える。なんと表現したら良いの
かわからない光景である。世界
にはすごい所があるのだなーと
いうしかない。そしてそれを見
られた幸せを感じるだけである
。K2のBCにポーターの数名をつれ
て出発。残りのポーターは停滞
なので大喜びである。それは羊
を食べられるからで、私はポロ
ンと皆で名ずけた羊を、いない
間に食べてくれたほうがいいと
思いながらサヨナラを言った。
左に大きな波が立っているよう
な氷を見ながら氷河上を7時間
。K2のBC(5135 m)に着くと、9年前にテン
シャンで一緒に登った人が、会
うなり名前を呼んだのでびっく
り。よく覚えていてくれたもの
だ。まだ登頂していないので次
々交替でアタックするため,皆大
変だろうと思う。隊長も大変そ
うだ。でも皆で歓待してくれお
いしい夕食だった。ヤクの角が
3頭分表にあったが、いままで
に食べたぶんだそうだ。
翌日は を訪れ、今までこの山域
で亡くなった人達の慰霊碑ひと
つひとつを見ると、日本人のも
ある。キルギスの人のはその子
供を知っているのでことの他身
近に感じた。
ロシア隊はその後8月22日に
見事登頂し、インターネット上
では、同行のプレスが毎日事細
かに報告していた。そういう時
代になったのだなー。
私は、すっかり仲良くなったポ
ーターやクッカー、ガイドと楽
しく同じルートを戻ることにな
り彼らの家に寄ったりするなど
、普段の生活や,女性たちとも話
す機会に恵まれかえってきまし
た。
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